体が不自由なお金持ちの老人と、その世話係となった若者の絆を描いた映画「最強のふたり」(12)。そのハートウォーミングでコミカルな物語は日本でも多くの人に受け入れられ、国内で公開されたフランス語映画史上最もヒットした1作となりました。ここでは、そんな本作のあらすじや解説、オリジナルレビューを紹介します。
目次
あらすじ
夜の街を暴走する高級車。中には若い黒人男性と体が不自由な老人が乗っています。車が警察に捕まると、病院まで急いでいるのだと言う男性。2人はパトカーで誘導してもらうことになりますが、どうやらそれは嘘のようで…。誘導される車内には、音楽を聴きながらドライブを楽しむ2人の姿がありました――。
パリの豪邸に暮らすフィリップは、病気のために首から下の神経を失い車椅子生活を送っている老人です。ある日、そんな彼の世話係を決める面接が開催されると、ドリスという青年が現れました。彼は他の候補者と違い、失業手当の書類にサインをしてもらうためだけに訪れたと言います。ぶっきらぼうで職務経験もないドリスは、わざと不合格の印をもらいに来ていたのです。しかし、なぜかフィリップはそんな彼を雇うことに。ドリスは1ヶ月の使用期間を与えられ、住み込みでフィリップのお世話をすることになりました。
狭いアパートで多くのきょうだいと暮らしていたドリスは、豪邸での優雅な暮らしを楽しみつつ徐々に仕事を覚えていきます。気難しいフィリップでしたが、決して自分を障がい者扱いしないドリスを気に入ると、次第に笑顔が増えていくようになりました。乱暴なドリスを心配した親戚が、彼に窃盗の前科があることを伝えても、フィリップはドリスを手放そうとはしません。
ある夜、ドリスはフィリップの苦しむ声に起こされます。様子を見に行き、呼吸の荒い彼を優しく看病した後、外の空気を吸うためにと街へ連れて行くことに。早朝のパリで、男同士ならではの会話をして盛り上がる2人。気づけばフィリップもいつも通りに戻っていました。そこで彼は、自身の過去について話し始めます。妻との馴れ初めや、その妻が亡くなったこと、娘は養子であることやパラグライダーでの事故のために体が動かなくなったことなど…。さらに、家から無くなった卵のオブジェについても切り出します。それは面接の日にドリスが盗んで来たものだったのです。しかし彼は、シラを切るのでした。
別の日、フィリップは半年間文通を続けているエレノアという女性に手紙を書いています。すると、詩のような文句だけで彼女を口説こうとすることに苛立ったドリスが、無理やり彼女に電話をかけてしまいます。最初は仕方なく話していたフィリップでしたが、会話が盛り上がったようで彼女から写真を見せて欲しいと言われるまでに。悩むフィリップに、ドリスは障がい者であることを隠す必要はないと言い、車椅子に乗った写真を選んであげました。納得したように見せかけたフィリップでしたが、こっそりと健常者である時の写真と入れ替えて手紙を出すのでした。
その後もドリスとフィリップは、ともに時間を過ごすに連れて絆を深めていくように。芸術へ関心を持たなかったドリスは、いつしか自分で絵を描くようになっていました。一方のフィリップも少なからずドリスに影響され、笑顔が増えていきます。
しかし、2人が旅から楽しく帰って来た夜、豪邸にドリスの弟が現れたことで事態は一変。ドリスはフィリップに、自身の素性を明かします。彼が複雑な家庭環境で育ち、血は繋がっていないながらも弟は兄であるドリスを頼って来たことを知ったフィリップは、職をおりるように勧めました。
そうして、ドリスはフィリップの元を離れることに。彼が弟と一緒に母親の元へ帰った後、豪邸には新しい世話人がやって来ます。しかし、フィリップが心を開くことはありませんでした。そうしているうちに再び発作を起こしてしまい、ついにドリスが呼び戻されます。以前のように夜の街に繰り出した2人はドライブを楽しむと、ドリスは海の見える街へと車を走らせます。ホテルでフィリップの見た目を整えた後、ドリスは予約していたレストランに彼を連れて行きました。到着するや否や卵のオブジェを返却した後に自身は姿を消し、そんな彼を不思議に思うフィリップ…。するとそこにはエレノアがやって来て、その様子を窓越しに見届けたドリスは手を振って去って行くのでした。
Melody of Movieの評価
91点
■各レビューサイト参考
映画.com:4.2
Yahoo!映画:4.3
Filmarks:4.1
みんなのシネマレビュー:3.56
※みんなのシネマレビューは10段階→5段階評価に換算しています
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キャスト・スタッフについて
監督を務めたのは、フランスのエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュ。公開当時、それまでフランスの人気映画「アメリ」(01)が保持していた2310万人の世界観客動員数を2320万人で突破するなど、怒涛の大ヒットを記録したのだとか。フランスでの歴代観客動員数3位となる名作です。ちなみに、監督の2人は‘20年に最新作「スペシャルズ! ~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~」を手がけています。こちらも実話を基にした作品なのだそうですよ。
フィリップを演じたフランソワ・クリュゼは、パリ出身の俳優。フランスのミステリー映画「唇を閉ざせ」(06)では、フランス版アカデミー賞であるセザール賞で主演男優賞を受賞するなど、その演技力は高く評価されています。本作でも同賞にノミネートされましたが、残念ながら受賞とはなりませんでした。
ドリス役は、オマール・シーが。実は彼、フランス国内では知らない人のいない有名なコメディアンだったのだそう。ユーモラスなドリスのキャラクターには彼自身の性格や立ち振る舞いが説得力を持たせているのかもしれませんね。本作では第37回セザール賞でベテランのフランソワを抑え、主演男優賞を受賞しています。また、監督2人の熱望でドリス役に抜擢されたようで、役作りのため10キロもの減量に成功したのだとか。インタビューでは「この映画が大好きで、私の誇りです」と口にしていました。
ちなみに、第24回東京国際映画祭ではフランソワ、オマールともに最優秀男優賞を受賞しているそうです。
モデルになった“最強のふたり”は?
劇中でもテロップが出る通り、本作が実話を基にしたストーリーであるのには驚きですよね。モデルとなったのは大富豪のフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴさんとアラブ系移民のアブデル・ヤスミン・セルーさん。アブデルさんはアルジェリア出身だそうですが、オマール・シーが演じるためドリスはセネガル出身の黒人いう設定になったようです。元々フィリップさんが‘01年に「第二の呼吸」という意味のタイトルをつけた自伝本を出版し、それが国内で注目を集めテレビなどで取り上げられるようになった結果、映画化されたのだそう。
実業家のフィリップさんは、’93年にパラグライダーの事故で四肢に麻痺が残り体の自由を失った後、最愛の妻を亡くしています。劇中ではドリスと出会う前に死別している設定ですが、実際はアブデルさんが介護人になった4年後に亡くなっているようです。そのアブデルさんは24歳の時、面接でフィリップさんに出会いました。実はフィリップさんは彼の履歴書を見ていないのだとか…! そこから10年間も介護人を務めていたのだから驚きです。麻痺の元であるパラグライダーに再び挑戦したのは事実だそうで、アブデルさんは「イカれたことも彼と一緒だからできた」と話しているよう。2人はモロッコへ移住するとアブデルさんが現地の女性と恋に落ち、彼の将来を考えたフィリップさんの方から契約解消を申し込んだのだそうです。ある意味、事実は小説よりも奇なりですね…(笑)。
‘21年現在でフィリップさんは70歳、アブデルさんは53歳くらいでしょうか? ラストシーンでアブデルさんは社長になり、2人はそれぞれ家族を持っていることが明かされていましたが、歳をとった現在でもその絆は続いていると良いですね。
フランスに残る差別と格差社会
実は本作、フランス語の原題は「Intouchables」(アントゥシャーブラ)といい、触れることが出来ないものや人のことを指します。差別を連想させるワードにも聞こえますよね。
例えば、スラム街の出身のドリスは公営住宅に暮らしていました。あのような地域をフランス語では「バンリュー」と呼ぶそうで、それは「郊外」という意味。職を得ることが困難な貧しい移民が多く暮らし、その治安の悪さは現在でも問題になっているそうです。劇中ではドリスの前科や弟の問題について触れる場面もありましたが、彼らがスラムで育ったことの表れだったのでしょう。
一方、障がい者であるフィリップにもまた、差別は身近な存在だったはずです。面接に訪れた中には、障がい者を「何も出来ない人」だと言ったり、「障がい者を助けるのはいいことでしょう?」と聞いたりする人がいました。フィリップは自分のことを“障がい者”としてしか見ていない彼らのような人々に今まで幾多となく出会って来たのでしょう。だからこそ、彼に気を使わないドリスは唯一無二の存在になったのかもしれません。邦題も良いですが、個人的にはこちらの方が物語をより深く楽しめる気がしました。
挿入歌にも注目!
2人の絆には音楽が必要不可欠のようでしたが、時々、聞き覚えのある音楽が流れませんでしたか? そこで、劇中で使用された名曲BGMの数々もご紹介します!
▼September/The Joker(Fatboy Slim & Earth, Wind & Fire)
こちらは冒頭のドライブシーンで流れる1曲。警官を欺いてテンションの上がった2人が、車中で楽しそうに聴いていました(笑)。このシーン、オシャレな編集も見どころですよね。
▼Ave Maria/シューベルト
ドリスの勤務初日、介護を受けていたフィリップが聴いていたのはシューベルトの名曲。耳馴染みがある人も多いのではないでしょうか。
▼the ghetto/el bariio(George benson)
豪邸のお風呂でドリスが熱唱しているのがこちら。クセになるメロディーですよね。ドリスがヘッドフォンをして大音量で聴いているので、フィリップの助けに気づかない場面です。
▼boogie wonderland/Earth, Wind & Fire
フィリップの誕生パーティーでドリスが好きな曲としてかけると、みんなが踊り出すあの曲です。リズミカルなテンポが聴いていて心地よいですよね。
▼feeling good/chili banks
2人がパラグライダーをしている間には、この曲が流れていました。壮大な風景とマッチしていてシーン全体が楽しめます。パラグライダーをしながら演技するの、難しそうだな…と、いつも思ってしまいます(笑)。
ドリスの場面で登場するブラックミュージックと、フィリップが好むクラシック音楽のコントラストが面白いです。次は、音に注目して観てみるのはいかがでしょうか?
レビュー
立場や性格が正反対な2人の友情を描いた作品は他にもありますが、本作は終始穏やかで、特別な事件は起こらないのにも関わらず最後まで飽きずに見られました。こんなにも愛される名作になった理由の1つが、ドリスの真っ直ぐなキャラクターではないでしょうか。彼はフィリップが障がい者である事実と向き合いながらも、それを全く“かわいそう”だと思っていないことがひしひしと伝わってきます。優しさや気遣いと一口に言ってしまえば善良な行為に思えますが、実はそうでない場合も多いのでしょう…。本作ではそれを感じる場面が何度も登場し、その度にハッとさせられました。本当の優しさとは相手の事情や心情を考慮してあれやこれやと手を貸すことではなく、その人自身を見つめて一緒に心の底から笑いあえる関係をいうのかもしれません。M &Mを食べるシーンのジョークなんかは「え?いいの?」と思ってしまうほどですが、彼らなりのコミュニケーションのあり方に自然と笑顔になりますよね。
また、構成も印象的。冒頭の数分は「?」と思いましたが、そのシーンが途中とつながっているのも面白いです。2人の関係を知る前と後では見え方が違いましたが、映画やドラマの中で、これほどまでに意味なく登場する警察も珍しいかもしれません(笑)。ホテルでフィリップのヒゲを好き放題するシーンもなかなか尺が長くしっかりと描かれていて、2人の関係が出来上がっている様子にクスッと笑えると同時に、心が温かくなりました。
本作を見ていると、何歳になっても良い出会いはあるし、どんな環境で生まれたとしても、もしくはどんな不幸に見舞われたとしても、人との出会いで変われるかもしれないなと思わせてくれます。実話であるのがまた、そう強く信じさせてくれますよね。孤独な時の特効薬として見てもいいですし、大切な人と楽しむのもいいのではないでしょうか。有名なフランス映画として、知っておいて損はない1作ですね!